kindle沼日記

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原爆忌に思うこと

始めに断っておきますが、私は戦争撲滅主義者です。この世の中から戦争なんてなくなればいいと願ってます。何故かと言うと、人を殺したり殺されたりとかあほらしいと思ってるから。死体なんて見るのは葬式のときくらいで十分ですよ。わざわざ自分で死体を増やしたりとか、ましてや自分が死体になったりとか、そんな可能性は少なければ少ないほうがいいです。だから今後も現実世界からは戦争を無くしていく方向に一票を投じていきたいと思います。

 

で、この時期になると思い出したかのように原爆の話をする人が増えてくる訳です。私としては当然核兵器にも反対なのですが、原爆の話を持ち出す人達とは距離を置くようにしています。

実は広島にけっこうな期間住んでいたことがあるのですが、あそこで原爆の話をする連中にずっと違和感があったんですよね。ある日、ついに我慢できなくなって広島出身の友人に聞いてみた訳です、「広島の空襲が原爆でなくて焼夷弾だったとしても慰霊し続けるの?」と。友人は少し考えてから「それならやらないだろう」と答えました。勿論、広島にもいろんな人がいますから考え方もいろいろなのでしょうが、私の実感としては原爆反対と言ってる連中の大半は戦争そのものを否定してる訳じゃないです。

戦争を無くすなんてことは今の段階では無理だから、まずは核兵器廃絶から訴えようということならまだ分かるのですが、そんな人もほとんどいません。

 

原爆が人を殺した訳でなく、戦争が人を殺したんです。

市民を殺したのが原爆だけだった訳じゃありません。

そもそも第二次世界大戦の頃は、占領する予定のない場合は市民ごと攻撃するのが当たり前だった訳です。それは連合国だろうが枢軸国だろうがどちらも変わりません。まあ枢軸国側は計画だけでほとんど実行する余力が無かったので、無差別爆撃というとアメリカ空軍というイメージですが・・・

憎むべきは戦争という手段であって、原爆という道具じゃないはずでしょう。

 

だから核拡散防止条約には調印しないなら、国として原爆忌なんて茶番は中止させるべきだと思います。

長崎市長も批判なんかする前に、首相の参列を拒否すべきでしたね。

 

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