kindle沼日記

電子書籍のことを中心にまったりとやっていきます

長谷敏司著「あなたのための物語」を読んで

kindleのセールで「風の大陸」の全巻合本を購入してしまったので読み始めたら、あまりの分量に途中で気分転換したくなったので、伊藤計劃さんのファンがよく読んでますよとアマゾンが勧めてくるこの本を購入しました。

 

ちょうど「ハーモニー」の映画も見た後なので、いろいろと比較出来て面白かったです。
「ハーモニー」の脳の操作による意識への副作用とかの設定が好きな人には文句なくお勧めです。

 

ただストーリー的には、三十代の可愛げのない女性が不治の病を患ってどんどん衰弱して死んでいく状態を、やけにリアルに淡々と描いているだけなので、華やかなストーリーが好きな人にはお勧めできません。

 

この本のメインはITPという新たな言語の設定ですね。
物凄く面白いことがあって、その面白さを他の人と共有したくて懇切丁寧に説明しても、相手は何が面白いのかまったく理解してくれなくて歯がゆい気分になったなんてことは、誰もが経験したことがあるかと思います。
これは今我々が使っている言語が状況や感情を伝達するのには不完全なせいです。


ITPというのは、人の感情を直接他人の脳に流し込む為の言語で、主人公の女性はITPの研究者という設定です。死を目前にした女性が、IPTという人間の情動を完全に記述できる手段を前にして、人間の意識とは何なのかを科学的だったり哲学的だったりいろいろぐだぐだと考えると思い悩む訳です。

 

この手の話がマニアックだと思われるのは、ほとんどの人が自分の思考プロセスですらどのように行われているか興味がないからですね。
そんな人がコンピュータが将棋でプロに勝った程度で、人工知能は人間を超えたみたいな騒ぎ方をするんですよ。今将棋ソフトを動かしているコンピュータなんて、どれほど性能が良くなっても外部からの命令を実行するだけのただの道具でしかありません。
便利な道具が作り出されたなら、それをありがたく使えばいいだけの話です。

 

私は、人間の判断の多くが言語とは無関係に行われていると考えています。
例えば犬が飛び出してきた時、人はどうやってそれを犬だと判断するか考えてください。
多くの人は、国語辞典の犬の項に書いているような内容でそれを犬だと判断してはいないでしょう。
というか、どうやって判断したか言語で表現できる人なんてほとんど居ないはず。それは多くの人が犬という存在を、言語以外のもので認識しているからです。


この本の中では、その言語以外のものでもITPを使えば表現できるということになっています。
なかなか興味深い設定ですね。その上で、人の意識と肉体の関係性について考察しています。

 

私にとって意識というのは、現象に属するものですね。

例えば、川です。
利根川というものがどういうものなのか、正確に説明できるひとは居るでしょうか?
それは物質でしょうか?
地面に出来た溝に大量の水が流れている現象を、人は川と呼びます。


利根川の水を汲んで来ても、その水は利根川ではないし、河原の石も利根川ではありません。
物質ではなく、その物質が動いている現象そのものが川なのです。

 

意識もそれと同じで、脳とか神経ではなく、それらが動いている現象を示す言葉です。
水の流れを保存できないように、意識も保存はできません。よくコンピュータを脳に、ソフトウェアを意識に、データを記憶に例える人が居ますが、私から言わせるとソフトもデータもメモリに保存されている記憶に過ぎません。それらを動かした時にメモリに発生する電位差が意識というのが私の説です。

 

「ハーモニー」では、意識は葛藤だと説明されていましたね。
その説を採用するなら、楽しい時は時間が短く感じるというのはストレスのない環境では葛藤が生じにくく、その分意識が希薄になっているせいかもしれません。

 

これは、そんなふうにいろんな人の説を並べて精査していくのが楽しめる人向けの本だと思います。

たまにはこんなのもいいですね。