kindle沼日記

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「すべてがFになる」シリーズ・ネタバレ

「すべてがFになる」シリーズをようやく全部読んだのですよ。苦しかった・・・


嫌なら読むなという声も聞こえてきそうですが、まったく面白くなかった訳ではないのです。
むしろ興味を引かれる部分は多かったくらい。

 

特に一人の人間の中に複数の思考パターンが存在することをきちんと書き分けようとしているのが良かったです。
思考パターンの違いを性格の違い程度に表現する作家さんも多くて、処理のシステム自体が異なっていてそれが何種類もあるというとこまで明言してるのは珍しいですからね。むしろこの世には自分の思考がどのように成り立っているかを理解していない人が多すぎるのです。


そんなとこにこだわる性格だからか、作者の思考パターンのいくつかは私のそれと非常に似通っているようで、読みながら思考のトレースがしやすいのも最後まで読んだ理由の一つです。
ただそれが読み進める上での苦しさにもなったのですよね・・・

 

私はそもそも推理小説というのをあまり嗜みません。
理由は人の秘密を暴こうとするのって趣味が悪いと感じるからです。
特に殺人事件を題材にされるのは・・・

 

私がこのシリーズを苦痛に感じるのは、想定される読者の趣味の悪さと、それを想定した作者の趣味の悪さをダブルで感じ取れてしまったからです。
どういうことかと説明する為に、このシリーズの骨組みについて解説しましょう。

ここからは超ネタバレです。

 

まずことの発端は、ヒロインの西之園萌絵の両親が亡くなった飛行機事故です。
本編でも何度も語られてますが、一巻目の三年くらい前に起きた事件ですね。

 

この飛行機事故こそが、犀川先生が萌絵の両親を殺害する為に起こした事件だった訳です。
犀川先生の動機はよく分かりません。犀川先生が萌絵の両親を尊敬していたのは事実でしょう。
恐らく「自分の尊敬する人が死んだらどんな気持ちになるか知りたい」程度の動機だったと思います。
本編でも「天才の考えることは常人には分からない」と言われているので、犀川先生の動機を分析しようとすることは無粋でしょう。わざわざ数百人を道連れにする飛行機事故を選んだのは、狙いが萌絵の両親であることをカモフラージュする理由があったと思われます。

 

萌絵は前後の状況や犀川先生の態度などで、彼が犯人であることに気づいています。
ただそれは言語化された思考ではないので、彼女自身はその犀川先生への強い関心を恋心と勘違いしている状況です。両親が特に理由もなく殺されたことも薄々気づいていて、それを否定したいが為に犯罪者の心理に強い興味を覚えるようになります。
それが彼女がいろんな殺人事件に首を突っ込みたがる理由の一つです。

 

萌絵の両親が死んだ飛行機事故が人為的なものであることは、ニュースを見ていた真賀田博士も気づいていて、多少興味を持っていました。そこへ事件の遺族である萌絵がのこのこ面会を申し出てきたのです。
博士は萌絵と面会して、彼女が既に事件の犯人を知っていることを確信します。そしてその意識を萌絵が心の奥底に封じ込めていることも。
それが「すべてがFになる」の冒頭の場面ですね。


たった二人を殺害する為に数百人を道連れにする計画を立てた人物に、博士は非常に興味を覚えます。もともとある計画だけは立てていた博士ですが、その犯人と対面するために計画をいろいろ修正しました。あの時、萌絵が研究所に訪れなければ、あの事件のディテールは随分変わっていたのです

 

犀川先生の起こした事件の影響はそれだけに留まりません。
萌絵以外で最も大きく影響を受けたのは、西之園家の執事の諏訪野です。
突然主人を奪われてやや壊れかけていた彼の心は、「すべてがFになる」の後で完全に壊れることになりました。
彼は妃真加島事件で萌絵が並々ならぬ興味を示したことを受けて、主人の為に多くの事件を引き起こそうと企みます。過去に突然主人を失った彼にとって、主人が生きているうちにその望みを実現させることに強迫観念に似た使命感を抱いていたのです。
勿論自ら事件を起こした訳ではありません。彼のしたことは西之園家のコネと財力を使って萌絵の行動範囲にいる人達を徹底的に調べ上げ、後ろ暗いところのある人物を匿名で脅迫したり、あらぬ噂を吹き込んだりすることでした。
それに刺激された人達が次々事件を起こしたので、萌絵の周辺で次から次へと殺人事件が発生したのです。ひとたび事件が発生すれば、諏訪野はさらに犯人に揺さぶりをかけたり更なる事件を起こしやすくする為の援助をしたりと、事件を大きくする為の努力を惜しみませんでした。ただ日常の業務などもありますのでそれほど効率的に動けた訳でもありません。
その辺のことを察していた犀川先生は、あえて事件をすぐに解決しようとはせず、諏訪野の仕込みが終わるまでじっくり待ちの姿勢でした。
諏訪野はお嬢様を喜ばせたい一心で、犀川先生は萌絵の行動で揺れ動く自分の心が新鮮だったのでしょう。


萌絵の叔父の西之園捷輔は諏訪野のしていたことと、それを犀川先生が知っていることには気づいていたようで、諏訪野がらみの事件はあえて犀川先生に担当させようとしていたようですね。
そりゃ事件が長期化して万一警察が諏訪野に辿りつく可能性を考えると、犀川先生に解決を促した方が安全ですからね。
さすがに兄を殺したのが彼だと知っていればそんなことはしなかったんでしょうけど・・・

 

当然のことながら、諏訪野の揺さぶりを受けた人達が全員萌絵好みの事件を起こした訳ではありません。
ごくありふれた痴情のもつれの刃傷沙汰を起こした人もいますが、本筋からは離れたことなので明言はされていません。ただ妃真加島を訪れた犀川先生の研究室のメンバーが、その後ほとんど再登場しなかったことから、萌絵の周辺で多くの人命がごくありふれた事件によってこの世を去っていたと推測できます。

また諏訪野の揺さぶりを受けても犯罪にまったく関わらなかった人達も当然居ます。
諏訪野のしたことは、犯罪が起きる確率を高めるというだけのことなのですから。
ただ犯罪を起こさなかった人にもまったく影響がなかったかというと、むしろ影響を受けた人がほとんどで、あの国枝助手の結婚もその影響の一環だったのかもしれません。
不安になれば一人で居ることが嫌になる人もいますから、彼女の夫がそういう人だったと思われます。

 

こうしたことを踏まえてシリーズを読むと、いかに趣味が悪いかはお分かりいただけるかと思います。
最後はこうしたことを暴露してシリーズを終了させるのかと思えば、気づいた人だけ楽しんでくださいという投げっぱなしのスタイル。
つくづく趣味の悪いシリーズだと思うのですよ・・・