kindle沼日記

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世紀末の生き残り

今週のお題「映画の夏」

 

シン・ゴジラを見てきたのですよ・・・

実は私は庵野さんとは相性が悪くて、それこそ「トップを狙え」や「オネアミスの翼」の頃から、途中までの展開は面白いけど広げた風呂敷をそのまま畳めなくて強引な展開で誤魔化す駄目な人という評価だったのです。

それがエヴァンゲリオンでは誤魔化すことすら出来ず投げ出すという有様で、もう最低ランクの評価すら出来ない駄目人間という印象でした。

 

そんな訳でシン・ゴジラも見に行く気は無かったのですが、ちょうど喫茶店も昼下がりで満員で、映画館の他に涼む場所もなく、多数決に負けて見に行くことになったのです・・・

 

見てしまった感想といえば、思ったよりマシだったけどこんなものならゴジラでなく使徒でやれやという印象。音楽の力は実に偉大で、あの音楽が流れているだけでゴジラな気分になりますが、怪獣映画としては前のハリウッド版の方が遥かに良かったですね。

 

一緒に見た友人達も一様にポカンとした表情で、だからやめようって言ったのに・・・

 あれを見て何が気持ち悪かったって、まだ世紀末思想をこじらせてるんだというのが・・・

 

世紀末と言いますか、日本の高度成長期の終わり頃は酷い時代でした。

ウルトラQウルトラマンドラえもんのような古い作品を見れば分かりますが、当時の大人達はかつて自分達が遊んだ林や川をもう自分達が遊ばなくなったからと開発して潰していきました。

当然、彼らが遊ばなくなっても次の世代の子供達にとっては大切な遊び場だった訳ですが、彼らはそんな子供達をシャベルやツルハシ、時には重機を使ってそこから追い出しました。

そして「昔はこの川でも鮎が取れた、あそこでは松茸が取れた、カブトが取れた、最近はそんなことが出来なくなって今の子供は可哀想だ」と言いながら着々と子供達の遊び場を潰していったのです。

更にもう少ししてテレビゲームが出てくると「最近の子は外で遊ばなくなってけしからん」と念入りに子供達の遊び場をつぶしながら言っていたのです。

そんな大人達に育てられた世代は、当然大人達を信用していませんでした。

世紀末になれば恐怖の大王があいつらを滅ぼしてくれると暗い期待を抱いていたのです。

 

そんな大人への恨みを煮詰めて作ったのがエヴァンゲリオンという作品です。

でも実際には世紀末になっても世界は滅びず、我々は大きな意識改革に迫られました。

それからは着々と生活をあらため、車も家も欲しからず質素に過ごし、大気汚染や水質汚濁も落ち着いて自然を取り戻していったのです。

 

そんな感じで世紀末思想は滅び去ったと思っていたのですが、まだ生き残っていたんですね・・・

自分は悪くない、周りが悪い、大人達が悪い・・・いつまでたっても自分で責任を取らず人のせいにばかりしているアダルトチルドレン達。

自分は悪く無いから自分に反対する奴らを殺せば平和になるというテロリス思想のカミーユを描いて若者への警鐘を鳴らした富野監督は、その後Gのレコンギスタで小賢しい若者を応援する青春讃歌を描いて大いなる転換を果たしたというのに、アダルトチルドレン庵野はいつまでたっても自分は悪くなくて悪い状況の中で精一杯頑張っている被害者ですと主張するアダルトチルドレンのまま・・・

なんて情けない・・・

 

今の世の中が息苦しいと感じるなら、それはそこで生きている皆が少しずつ悪いんですよ。

倒したら世の中が平和になる巨悪なんて存在しません。

一人ひとりがきちんと反省して一歩ずつ確実に判断していかないと駄目なんです。

まあ都知事選なんか見てたら、そんなこと夢の夢ですがね・・・

 

そんな訳で新しい時代の為の新しい物語が見たいなら「魔女っこ姉妹のヨヨとネネ」をお勧めします。

 

タイトルで損をしている感じですが、反省と希望に満ちたよいお話ですよ。

 

 

 

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