乙野四方字著「僕が愛したすべての君へ」を読んで
実は電子書籍メインになってから、電撃文庫への依存度が極度に減っていたのです。
電子書籍以前は電撃文庫の新刊を月5冊から10冊は購入していたんです。
ぶっちゃけ、その月に発売される新刊はほとんど読んでいました。
何故かというと持ち運びしやすい文庫形式で、毎月たくさん新刊が出てそれなりに面白い本が多いレーベルだったからです。
私は月に10冊から20冊程度しか本を読まない微読家ですが、たいして品揃えのない本屋の本棚から面白そうな文庫を毎月それだけ揃えるという作業はしんどいのです。
さらに既に読んでいる本を何度も買ってしまう危険性もあります。
電撃文庫なら小さめの書店でも取り扱っている率は高いし、新刊だけ買っていればダブる心配もありません。
ネット通販が手軽に利用できるようになってからは電撃文庫への依存度が下がりましたが、それでも新刊の半分は購入していたでしょう。
しかし電子書籍には当初電撃文庫がほとんどありませんでしたし、文庫という形式に拘る必要もありませんでした。
そうして気がつくと電撃文庫をほとんど読まない生活になりました。
ビブリアの最終巻を読んだ後、三上さんの別の本がないかと検索したら「ダーク・バイオレッツ」が引っかかったので、もしやと思って乙野四方字でも検索して引っかかったのがこの本です。
乙野四方字さんは電撃文庫で「ミニッツ」というシリーズを書いていたんですよ。
とても頭のいい主人公の駆け引きが魅力的な話でして、単に頭がいい設定のキャラならいくらでもいますが、本当に頭がいいと感じられる数少ない例でした。
キャラの頭の良さって作者のそれを超えることはありませんし、頭のいい人と言うのは得てしてその頭の良さゆえに人に合せることが苦手なので、エンターテイメントで頭がいいと思えるキャラに出会うことはとても稀なんですよね。
「ミニッツ」の方は完結前に電子書籍に移行したからまだ読んでない刊もあるんですが、どこまで読んでいたかも思い出せないので先にこちらから読むことにしました。
この本では並行世界がテーマの一つなのですが、並行世界がとても身近なものとして書かれています。
我々は普段から頻繁に並行世界を移動しているけど、違いが少ないので気づいていないだけという設定なのです。
例えば置いたと思った場所に鍵がないとかよくあるじゃないですか。
あれは別の場所へ鍵を置いた世界へ移動しているからだという設定です。
この物語では、勘違いとか記憶違いなんてものは並行世界に移動していることによって起こる現象ということになっているのです。
こう言われると、我々も何度か並行世界へ移動している可能性が・・・
次に特徴的なのは、この本が「君を愛したひとりの僕へ」と対になっていることですね。
異なる並行世界に属する同じ人物を主人公にして、その一生を描くという構成です。
元は同じ人間だけど、別々の人生が時々並行移動でリンクしつつ進んでいくのです。
どちらか片方だ読んでも問題はないのですが、両方読むことでいろいろと分かるところもあって、上手い作りになっていますね。
個人的には「君を愛したひとりの僕へ」→「僕が愛したすべての君へ」の順番がお勧め。
そしてどちらも読むことでパラドックスも発生しちゃうんですよね・・・
この本自体が最近の安易なループ物の氾濫に対する作者の意見なんでしょうけど、主人公が並行世界を利用した人生のやり直しに成功したかどうかの判断が読者に委ねられています。
「僕が愛したすべての君へ」の最後で突然消えたように見えた少女とその後に現れたご婦人をどう解釈するかで、話がいろいろと変わってくるんですよね・・・
個人的には
・時間遡行後の栞の虚質は並行世界の栞と同化せず、そのままその世界で交差点の幽霊を続けた。
・その世界の栞は幽霊の栞の記憶が失われる前に出会っていて、いろいろと事情を聞いていた。
・幽霊の栞は再開した暦の虚質と同化した、そのせいでIPはエラーを起こした。
・その後で過去に幽霊から聞いた約束を覚えていた栞がやってきた。
という解釈が、皆が一番幸せになるかなと思います。
一番駄目なパターンは
・時間遡行の実験は失敗して、後遺症で暦は車椅子生活になった。
・約束の日はどちらも交差点に出かけていて、栞の前で暦が入れ替わってすぐに戻った。
・ご婦人が現れたのはただの偶然。
まあいろんな解釈ができるところがこの物語のいいところなんですが・・・